第23話:知らない気持ち ページ29
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2ヶ月に一度、王都には行商人がやってくる。
大きなカバンを背負い、城下街をゆっくり歩く姿は見慣れたものだ。
彼は書物を専門とした商人で、エーミールと親交が深い。
王宮の書庫にある本は、ほとんどこの行商人から買い取ったものだ。
それゆえ、彼がこの国に来た際には必ず王宮司書達が会いに来る。
「やあ、今日もいいのがあるよ」
国一番の広場の端で、行商人は目の前に立つ娘に微笑む。
彼女もまた、大きな籠を下げて微笑み返す。
王宮司書の制服を身に纏った娘は、ゆっくり彼の前に膝を着いた。
『いつもありがとうございます。今日はリクエストがありまして―――』
広場の端で広げられたシートの上には、様々な本が並べられている。
彼女は手元のリストと照らし合わせながら、次々に本を手に取っていく。
時折、行商人に質問をしながら、その大きな籠を埋めて行った。
すっかり慣れた彼女のこの国の言葉遣いに、行商人は目を大きくした。
以前会った時は、まだたどたどしかった会話が耳を疑う程に成長していたから。
「驚いた……もうそんなに言葉を話せるようになったんだね」
『ありがとうございます。売って頂いた本で勉強したんですよ』
「それは嬉しいな。役に立ったみたいで良かった」
にしし、と笑った後、彼は何かを思いついたように指を鳴らした。
そうだ、と小さく行商人が呟くとゴソゴソと鞄を漁った。
取り出したそれは手のひらサイズの本で、Aの知らない作家の作品だった。
「今、他国で噂の本なんだけどね。若い娘達の間で大人気なんだ」
『まあ!そうなんですね。どんなお話なんですか?』
「恋物語だよ。切ないんだけど、燃える様な男女の心に惹かれるみたい」
『恋物語……』
「あんまりこういうのは読まないかな?」
控えめに頷くと、彼はニコッと笑いながら本を手渡した。
「なら、これはプレゼントだ。お代はいらないよ」
『えっ……いいんですか?』
「読んだら感想を聞かせてね。次の商売の時に参考にさせてもらから」
ヒラヒラと手を振って、行商人はAを見送った。
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『……と、手渡されたのはいいものの……』
広い書庫の一角、一番大きな窓の近くの椅子に腰かけて、Aは呟いた。
じっと本の表紙を見つめながら、どれくらい時間が経っただろうか。
なぜか、いつもより気乗りしない。
なんとなく数ページめくってみる。
流行りというだけあって、読みやすい物語ではあった。
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作者名:双葉ちほ | 作成日時:2021年7月3日 22時